「カタール首長のジャンボ機どころではない」。そんな見出しで海外メディアが報じたのは、ブルネイのスルタン(国王)がボーイング747を私用機として改装し、エコノミー座席の列を取り払ってマスタースイートやラウンジを設け、洗面設備には金を用いるなど“空飛ぶ宮殿”を作り上げたという話題だ。改装費は約1億2000万ドル。派手さだけが切り取られがちだが、このニュースは、豊かな資源国ブルネイの「王室文化」と「信仰に根差した美意識」を読み解く入口にもなる。
ブルネイはボルネオ島北部に位置し、国教はイスラム教。石油・天然ガスの収入を背景に、人口規模は小さくとも高所得国として知られる。一方、日本では「東南アジアの小さな国」「敬虔なイスラムの国」程度の認知に留まり、生活文化や産業の具体像はまだまだ知られていない。王室の存在感が強い国家体制も、日本から見ると距離を感じやすい。しかし、王室を単なる贅沢の象徴としてではなく、文化の“保護者”として捉えると、見え方が変わる。
スルタンの航空機改装は、権威の誇示というより「国家の顔」を携える移動体としての演出でもある。外交や公式訪問は、相手国への敬意と自国の格を同時に示す舞台だ。そこに、金や豪奢な内装といった分かりやすい記号が使われるのは確かだが、注目したいのは“整え方”である。王室文化の根底には、客人をもてなすための空間づくり、儀礼に耐える設え、そして清浄さを重んじる価値観がある。イスラム文化圏では清潔(タハーラ)や節度が生活規範と結びつく。豪華であることと、清らかであることは矛盾しない。むしろ「清浄であることを徹底する」ために、素材や設備に投資する発想が生まれる。
この“清浄さへの投資”は、ブルネイが力を入れるハラール政策とも接続する。ハラールは単に「豚や酒を避ける食」の話ではない。原材料、製造工程、保管・物流、衛生管理、表示、さらには資金の流れまで含めた「信頼の仕組み」だ。ブルネイは国家としてハラールの制度設計を進め、国内外に向けて品質保証の枠組みを整えてきた。富裕国であるがゆえに、価格競争よりも“確かさ”に価値を置ける土壌がある。
ここで、日本の伝統工芸との親和性が浮かび上がる。日本の工芸は、派手な装飾以上に、素材の選別、下地づくり、道具の手入れ、工程管理といった「見えない部分」に価値が宿る。漆器なら木地の乾燥や下地の積層、金継ぎなら割れの扱いと衛生、刃物なら熱処理と研ぎ、染織なら水質と媒染。つまり、“何で作るか”と同じくらい“どう作るか”を重んじる文化だ。ハラールが求めるトレーサビリティや工程の透明性は、この日本的なクラフトマンシップと相性が良い。
たとえば、ブルネイのホテルや公的施設、王室関連の迎賓空間では、来賓の宗教的配慮が不可欠になる。礼拝スペースの設え、清拭しやすい素材選び、香りの扱い、食器やカトラリーの管理。ここに、日本の木工・漆・陶磁・織物が入り込む余地がある。重要なのは「イスラム圏向けに和風を売り込む」ことではなく、相手の規範に沿った仕様に落とし込むことだ。アルコール由来の溶剤を避ける塗装、動物由来原料の確認、製造ラインの分離、保管時の混在防止など、工芸でも“ハラール設計”は可能になる。むしろ少量多品種で、素材と工程を把握しやすい工房ほど適応しやすい。
さらに、王室文化が象徴する「長期目線」も、日本の工芸と噛み合う。工芸は短期の流行ではなく、修理しながら使い継ぐ前提で価値が形成される。ブルネイの富裕層や公的機関が求めるのも、消費財というより“格を保つ道具”だ。空飛ぶ宮殿のニュースが示すように、空間そのものを作品として整える感覚があるなら、器、調度、照明、テキスタイルといった領域で、日本の手仕事が提案できることは多い。
もちろん課題もある。ハラール認証は国・機関で運用が異なり、輸出側が理解しきれないまま進めると手戻りが大きい。宗教的配慮は「禁止事項」だけでなく、礼節や言葉遣い、贈答の作法にも及ぶ。だからこそ、ブルネイを“資源で豊かな国”としてだけ見るのではなく、王室が支える文化、信仰が形づくる生活規範、国家が整えるハラールの制度を一体として理解する必要がある。
豪華な747の改装は、遠い世界のゴシップに見えるかもしれない。しかし、その背景には「清浄さと格式を空間で表現する」王室文化がある。そして、その価値観は、工程を磨き上げ、素材を選び抜き、使い手の暮らしを整える日本の伝統工芸と、意外なほど近い。ブルネイは小国だが、富裕で、規範が明確で、品質に対価を払う市場でもある。日本側が“ハラールを学ぶ”ことは、単なる輸出の技術ではなく、ものづくりの説明責任を鍛え直す機会にもなるだろう。空飛ぶ宮殿のきらめきの奥に、静かな相互理解の可能性が見えてくる。