「ボルネオ島の小さな王国」と聞いて、どれほどの人がブルネイを思い浮かべるだろう。だがこの国は、石油・天然ガスを背景にアジア有数の豊かさを持ち、王室文化とイスラムの価値観が社会の隅々まで息づく“知られざる富裕国”だ。今回参照したのは、ラグジュアリー誌Total Prestige Magazineによる、BMB Group創業者兼会長ラヨ・ウィタナゲ氏へのインタビュー。氏は不動産やホスピタリティなどを軸に、ブルネイを含む地域でプレミアム領域の事業を展開してきた人物で、記事からは「富の見せ方」「信頼の作り方」「文化への敬意」が市場の核であることが伝わってくる。

ブルネイの魅力を語るうえで欠かせないのが王室の存在だ。首都バンダルスリブガワンには、黄金のドームが輝くオマール・アリ・サイフディン・モスクがあり、荘厳さと清潔感が同居する景観は、観光地というより“国家の美意識”そのものに見える。王室は単なる権威ではなく、宗教と文化の守り手として社会の規範を形づくる。派手な消費よりも、品位、節度、家族、寄付といった価値が尊ばれ、ラグジュアリーでさえ「静かで上質」であることが求められる。ウィタナゲ氏の語るプレミアムビジネスも、まさにこの文脈に沿う。高級であることは、誇示ではなく“信頼と体験の質”で証明されるのだ。

そしてブルネイを理解する鍵が「ハラール」である。日本では食の概念として知られがちだが、現地では生活の倫理として機能している。原材料の由来、製造工程の衛生、物流の分離、資金の透明性まで含め、消費者が安心して選べる仕組みが社会に組み込まれている。これは制約ではなく、ブランドにとっては強力な品質保証だ。特に富裕層ほど、健康・安全・由来の確かさに敏感で、ハラール認証は「信頼のラベル」として効いてくる。インタビューで語られる“長期的な信用の積み上げ”という姿勢は、ハラールの思想と響き合う。

ここで日本の出番がある。日本の伝統工芸は、素材への敬意、工程の可視化、作り手の顔が見える物語性を強みとしてきた。漆器は木地づくりから塗り重ねまで工程が明確で、金継ぎは「壊れたものを美として再生する」倫理観を宿す。染織は天然素材や地域の水・気候と結びつき、刃物は用途に即した精度と衛生管理が価値を生む。これらはハラールの求める透明性・安全性と相性が良い。食以外でも、化粧品、香料、日用品、さらには工芸品の仕上げ材や接着剤など、原材料の説明責任が問われる時代に、日本の“きちんと作る”文化は武器になる。

たとえば、ブルネイの王室文化が重んじる贈答の場面を想像してみたい。格式ある訪問や祝祭のギフトでは、豪華さよりも品格と物語が選ばれる。ここに、蒔絵の文様にイスラム幾何学の要素を取り入れた漆器、礼拝前の身支度に寄り添う香りの道具、家族の団らんを彩る茶器や菓子器など、日本の工芸が“文化の翻訳”として入り込む余地がある。重要なのは、単に和柄を貼り付けることではない。相手の価値観――信仰、慎み、清浄、家族――を理解し、そのうえで日本の技と美意識を提案する姿勢だ。

ビジネス面では、ブルネイ市場は人口規模こそ大きくないが、富裕層向けの高品質市場として密度が高い。さらにブルネイはイスラム圏のネットワークに接続しやすく、ハラールを起点に周辺国へ展開する“入口”にもなり得る。ウィタナゲ氏のように、プレミアム領域で信頼を軸に事業を組み立てるプレイヤーがいることは、日本企業にとって心強い。現地の文化理解、規制対応、流通や不動産などの基盤を持つパートナーと組めば、日本の工芸やライフスタイル提案は単発の輸出で終わらず、長期のブランド形成へ進める。

ブルネイの豊かさは、きらびやかな消費よりも、王室文化が支える品位と、ハラールが担保する安心の上に成り立つ。そこに日本の伝統工芸が持つ「誠実さ」「素材への敬意」「手仕事の物語」が重なるとき、単なる異文化商品ではなく、価値観を共有するプレミアムとして受け入れられる可能性が高い。知られざる富裕国ブルネイは、日本にとって“遠い国”ではない。静かなラグジュアリーと信頼の市場として、そして文化の対話の相手として、今こそ見直すべき存在だ。