サウジアラビアがいま、国家のかたちそのものを作り替えている。石油依存からの脱却を掲げる「ビジョン2030」は、単なる経済多角化ではなく、都市、観光、エンタメ、労働市場、行政運営までを一体で組み替える壮大な社会実験だ。Colin Powersによる論考「Rebuilding the Kingdom」は、この変革を“国家の再建”として捉え、巨大投資が生む期待と緊張、そして新しい統治・産業モデルへの移行を描く。Connect-Sekaiとして注目したいのは、その再建プロセスに「文化」が組み込まれている点である。ここに日本企業・日本人が関わる余地は、想像以上に大きい。
象徴的なのが、NEOMに代表されるメガプロジェクト群だ。未来都市、紅海沿岸の高級リゾート、歴史都市の再生、首都圏の大規模開発。これらは建設ラッシュというより、「新しい暮らし方」をパッケージで輸出可能な形に設計し直す試みだ。観光客を呼び込み、国民の余暇を増やし、外資を誘致し、雇用を生む。そのために必要なのは道路やホテルだけではない。体験設計、サービス品質、運営の標準化、そして“語れる物語”である。日本が得意としてきたのは、まさにこの領域だ。
日本文化がサウジで受け入れられる土壌はすでに育っている。アニメやゲーム、和食、職人技への関心は中東全体で強く、サウジでも若年層を中心に「日本的体験」への需要が可視化されている。だが重要なのは、文化を単体で持ち込むのではなく、都市や観光の設計思想と融合させることだ。たとえば、リゾート開発における温泉・スパの概念を、サウジの気候や宗教的配慮、家族単位の滞在スタイルに合わせて再編集する。あるいは、和食を高級店として輸入するだけでなく、食材サプライチェーン、衛生基準、人材育成、店舗オペレーションまで含めて“産業”として根付かせる。ビジョン2030が求めるのは、消費イベントではなく持続的な雇用と技能移転だからだ。
メガプロジェクト視点で見ると、日本の勝ち筋は「現場の品質」と「運営の思想」にある。巨大な建造物は資本があれば建つ。しかし、完成後に人が集まり、リピーターが生まれ、事故やクレームが減り、ブランドが積み上がるかどうかは運営で決まる。日本の強みであるカイゼン、ホスピタリティ、混雑制御、清掃・保全、鉄道や空港の定時運行、災害や酷暑へのレジリエンス設計は、都市国家級プロジェクトの“最後の一手”になり得る。サウジは酷暑、砂塵、突発的な需要変動など運営難度が高い。そこに日本式のオペレーション設計、設備保全、データ活用を組み込めば、施設の寿命と顧客体験は大きく変わる。
さらに「文化×教育」は有望な接点だ。サウジは若年人口が厚く、人材育成は国家課題である。日本語教育や専門学校モデルの輸出だけでなく、アニメーション制作、ゲーム開発、デザイン、調理、サービス業のトレーニングを“職業として成立させる”仕組みづくりが求められる。ここで鍵になるのは、短期イベントではなく資格・評価・就職につながるカリキュラムだ。日本の専門教育、現場実習(OJT)、技能検定の考え方は、サウジの雇用創出と相性が良い。日本側にとっても、国内市場が縮小する中で、教育コンテンツと運営ノウハウを海外で事業化するチャンスになる。
もちろん、急速な変革には摩擦も伴う。規制や制度は更新途上で、プロジェクトの優先順位が変わることもある。意思決定のスピードは速い一方、関係者が多く調整に時間がかかる局面もある。文化面では、礼拝時間、ラマダン、男女の空間設計、家族同伴の前提など、配慮すべき前提条件が日本と異なる。だが、だからこそ「合わせにいける企業」が強い。日本企業が得意な“相手の文脈を読み、仕様に落とす力”は、異文化環境でこそ価値になる。
日本人個人にとっても、関わり方は広がっている。建設・都市計画・設備だけでなく、UXデザイン、コンテンツ制作、イベント運営、飲食プロデュース、スポーツ・eスポーツ、ミュージアム展示、伝統工芸の現代化、さらには日サの共同ブランド開発まで射程に入る。重要なのは「日本らしさ」を守ることではなく、「日本の技術と美意識を、サウジの未来像に接続する」ことだ。たとえば、砂漠の景観に調和する建築素材や陰影の設計、公共空間の静けさをつくる音環境、家族が安心して過ごせる動線計画。こうした“目に見えにくい品質”が、都市の価値を決める。
サウジは、国家が自らを再設計する稀有な局面にある。ビジョン2030とメガプロジェクトは、その設計図を現実に落とし込むための巨大な実装フェーズだ。ここに日本が関われる余地は、単なる受注や輸出にとどまらない。文化を媒介に、運営と人材を含む「都市体験の共同開発」へ踏み込めるかどうか。サウジの変化を遠いニュースとして眺めるのではなく、日本の次の成長戦略を試す実験場として捉える。いま求められているのは、建てる力だけではない。続ける力、育てる力、そして異なる価値観を結び直す編集力である。