サウジアラビアが国家総力で進める「ビジョン2030」の象徴が、紅海沿岸の超巨大開発NEOMだ。なかでも世界の耳目を集めるのが、砂漠の山岳地帯にスキーリゾートをつくる「トロジェナ(Trojena)」構想。だがBloombergは、この“砂漠の雪”が1.5兆ドル規模とも言われる計画全体に財政的な緊張をもたらしていると報じた。夢のスケールが大きいほど、資金・工期・技術・運営の現実が重くのしかかる。いまサウジは、変革のスピードを落とさずに「選択と集中」を迫られている。
このニュースを、単なる「無謀なメガプロジェクト」として消費するのは早い。むしろ重要なのは、サウジが“実現のための現実解”を世界中から集め始めている点だ。NEOMは都市計画、エネルギー、水、物流、観光、エンタメ、スポーツまでを一気に立ち上げる実験場であり、計画が揺れる局面ほど、外部パートナーの価値が上がる。日本企業・日本人にとっては、ここにこそ参入余地がある。
トロジェナの核心課題は、雪や冷却をどう成立させるかだけではない。水資源の確保、再生可能エネルギーの安定供給、建設資材の調達と輸送、極端環境での保守、そして「来訪者が何度も訪れたくなる体験設計」まで含めた総合力が問われる。日本が強いのは、この総合力の束ね方だ。省エネ型の空調・冷熱技術、断熱材や高機能ガラス、過酷環境での設備保全、上下水・淡水化といったインフラ、さらには鉄道・ロープウェイ等の安全運行、災害対策、品質管理。派手さはなくても、プロジェクトを“回るもの”に変える技術と運用の蓄積がある。
さらに、ビジョン2030が求めるのは「観光客数」だけではなく、国際的な文化発信と生活の質の向上だ。ここで日本文化との融合が効いてくる。例えば、雪国の知恵を活かした「冬の滞在文化」を輸出できる。温泉に相当するウェルネス施設の設計思想、雪見を楽しむ空間演出、静けさを価値に変えるホスピタリティ。あるいは、和食の“発酵”や“だし”のように、派手な演出に頼らず満足度を上げる食体験は、ラグジュアリー観光と相性が良い。サウジではアルコール規制など独自の前提があるが、だからこそ「ノンアルコールのペアリング」「茶文化」「甘味と香りの設計」など、日本が得意な領域が活きる。
また、NEOMが掲げる未来都市像は、テクノロジーと生活文化の両輪で成立する。日本のアニメ・ゲーム・キャラクターIPは中東で人気が高く、イベントや常設体験施設、教育プログラムへ展開しやすい。重要なのは“持ち込み”ではなく“共創”だ。サウジの若いクリエイターや起業家と組み、現地の価値観に沿った表現へ翻訳する。例えば、職人文化(クラフトマンシップ)をテーマに、日本のものづくりの現場とサウジの伝統工芸をつなぐレジデンス、共同ブランド、観光動線を設計する。メガプロジェクトが批判されやすいのは「地に足のついた暮らし」が見えにくいからで、文化の実装はその弱点を補う。
ビジネス機会の見取り図も変わってきた。従来はゼネコンや重電など大企業中心に見えたが、いま求められるのはコスト最適化、運営収益化、サプライチェーンの強靭化であり、そこに中堅・スタートアップの出番がある。エネルギーマネジメント、デジタルツイン、設備の予兆保全、スマート水管理、廃棄物の資源化、現場の安全管理SaaS、体験予約や人流制御など、プロジェクトが「建てて終わり」から「運営で勝つ」段階に移るほど、ソフトと運用の価値が増す。日本人個人としても、PMO、調達、品質、現場統括、ホスピタリティ教育、コンテンツ制作、通訳・ローカライズなど、専門性がそのまま武器になる局面が広がる。
もちろん、リスクもある。計画変更は起きるし、優先順位の入れ替えもある。だからこそ、日本側は「単発受注」ではなく、長期運営を前提にした提案が必要だ。初期投資を抑えつつ段階的に拡張できるモジュール設計、現地人材育成を組み込んだ運営モデル、暑熱環境での省エネ保証、メンテナンスまで含めたライフサイクル契約。サウジがいま欲しいのは、夢を否定しない現実解である。
砂漠のスキー場は、サウジの挑戦を象徴する“極端な問い”だ。その問いに答える過程で、都市の未来、観光の未来、エネルギーと水の未来が試される。日本は、派手なスローガンよりも、実装の細部で信頼を積み上げてきた国だ。NEOMの緊張は、撤退のサインではなく、成熟への入口かもしれない。ビジョン2030の加速する変革の中で、日本が「技術」と「文化」の両面から伴走できる余地は、むしろこれから広がっていく。